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【第4番】 田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ 山部赤人(今橋愛)

「主婦と兼業」第8回
今回は今橋愛の百人一首4番、山部赤人の歌です。
なんと今回はこの歌の長歌のほうを熱く語っています。長歌いいよね。
長歌といえば、斉藤斎藤の長い長い詞書。あれを私は現代版の長歌と考えてみたいと思っていて、和歌の成り立ち、そして短歌の今を考えるためにも長歌、とても大事だと思います。そして、今橋さんの長歌を読んでみたい。とても。(花山周子)

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【第4番】 田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ   山部赤人

【歌意】田子の浦に出てみると、真っ白な富士の高嶺にしきりに雪が降っていることだよ。
                                      ※所載歌集『新古今和歌集』冬 『原色小倉百人一首』文英堂より


長歌(ちょうか)いいよね。と花山さんが言った。いいよね。と堂ちゃんが答えた。おそらく渋谷。お昼からお酒を飲んだりして。若かったね。長歌いいよね。とぼくは言えなかった。
同じにお酒を飲み仲間のようにしていても自分は圧倒的に知識が足りひん。と思ったことだったよ。
なんでそんなことを思いだしたのかと言うと、今回4番山部赤人(やまべのあかひと)の田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ。この歌は、長歌(※1)の反歌(※2)で、ほんとうは、この歌の前に長歌がある。長いけど引いてみる。
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天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 富士の高嶺は
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ざっくり訳したもの 
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天地分かれ、この国ができてから ずっと神々しく、貴い駿河(今の静岡県)の、この山。空を向いて顔を上げると、太陽の光も見えず、白雲も、富士(山)に行く手をさえぎられ、ひっきりなしに雪が降る富士(山)。いつまでも この山を忘れずに、これからの人にも、この山のことを言い伝えたい。
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ひらがな 
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あめつちの わかれしときゆ かむさびて たかくとうとき するがなる ふじのたかねを あまのはら ふりさけみれば わたるひの かげもかくらい てるつきの ひかりもみえず しらくもも いいきはばかり ときじくそ ゆきはふりける かたりつぎ いいつぎゆかん ふじのたかねは 
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よかったら、ひらがなのところ、声にだして読んでみてください。
意味はほっといて、漢字に変換しようとしたりしないで(これが 自分にはむずかしいことなのだけれど)。
音だけをとっていったら。
難しいことは いっこもわからん わからんのに。それでも、なんか耳に心地よかった!そして、そんなふうに感じることにおどろく。それはぼくが年をとったからなのだろうか。わからない。わからないけど、昔の人が長歌で反歌で たたえた富士山が、ぼくの見た富士山とおなじだということがうれしい。20代の頃、30代の頃、それは、すてきなことでも、うれしいことでも なかった。自分の心の変化におどろいている。

花山さんが、第一歌集(2007年)で長歌を発表しているのを先週くらいに知った。
なんと今の時代に長歌作る人がいるんだね。とびっくりしたので、長いけど これも引いてみる。タイトルは『胴(どう)』。

・・・・引用 ここから・・・・・・
硬き土の細き道ゆく、道に沿ひ、落ちゐるものは、枝のごと、落ちゐるものは、鮮やかに、あをき目玉を持つものは、孔雀の羽なり。ああ、ここはわが通ひたる高校の、冬に乾ける道なり。空白く、ふとも見つれば、暮石と呼ばれゐし、灰色の制服を着るわが腕のあり。ああ、ここはわが通ひたる高校の、草茂る、グランドに続く道なりて、灰色の制服を着るわが腕は今、鮮やかな枝のやうなる孔雀の羽を、白き空に掲げてをりぬ。獣の道ほど細くして、緩く傾く草の道、下りてゆけばグランドが、やがてほかりと、グランドは、今、眼下に広がりぬ。その先にわが手、沼を据へその先に関東平野は広がりぬ。地平線と白き空のあはひ、われは孔雀の羽を掲げる。足もとに数を増しつつ、ばさばさと、孔雀の羽は落ちてゐる。この道の先、眼下には、羽溜まり、羽散って、その中心、羽毟られてなめらかに、洋梨のごとなめらかに、グランドの中心に胴、ばつさりと、縦に割れゐる孔雀の胴。

夢といふ鮮やかなるもの高校のグランドに孔雀の胴を落としつ   花山 周子   
                                                   (『屋上の人屋上の鳥』ながらみ書房)
・・・引用  ここまで・・・・・・・

字面だけで、本気やな。とわかる。今こそ2月、たーのしく あそべ ぼくは渋谷にワープして ぼそっと発音をする長歌いいよね。そしてまたこっちに もどってくる。
翻案は、新幹線の窓からの富士山を思いだそうとして思いだせないままつくった。
万葉歌人中、最も広い範囲を旅したであろうと言われる赤人には及ばないけれど、若い頃のぼくも移動がちだった。そんな移動の途中、新幹線の窓越しに見る富士山は、いつも変わらず富士山で、そこを通るたび ほっとしていた。

田子の浦にうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りつつ       『万葉集』

トンネルを
いくつ超えたんか
いつのまにか富士山だ富士山だ
うれしい。                          今橋 愛


一月のある日、娘(現在3才)と散歩をしていたら別の翻案もできたので、それも載せる。

やま、むこうに みえるでしょ?と
おしえれば子は
やっほーとさけぶ 
歩道橋のうえ                       今橋 愛

※1 長歌 「5音7音」を3回以上くりかえして、最後に7音で終わるもの。最期に反歌を添える。
※2 反歌 長歌のあとに添える歌のこと。
※「主婦と兼業」は今橋愛と花山周子のごくささやかな勉強の場でもありますが、この場を通し、いずれ新たな創作へ繋げていければと思っています。いつも大変励みになっています。どうぞよろしくお願いいたします。
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