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ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは 在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)と文(花山周子)

十七番 
ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは 在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん) 

歌意 不思議なことの多い神代でも聞いたことがない。竜田川が唐紅色に水をくくり染めにしているとは。

(原色小倉百人一首 文英堂より)所載歌集 古今集 秋下   

 京都で外国人用に売っている化繊の着物の柄のようで、または雅叙園の豪華絢爛たる装飾のようで、つまり、案外この歌は日本的でないなと思う。「ちはやぶる」は「神」などにつく枕詞。からくれなゐは、唐から来た深紅の色を指すが、これらの言葉の艶やかさでもって一首をものにしている。

ち(i・T)はやぶ(u)る(u)か(K)み(i)よもき(K)か(K)ず(u)た(T)つ(T)た(T)がわか(K)らく(u・K)れなゐ(i)に(i)み(i)ず(u)く(u)く(u)る(u)と(T)は

上記のように、i音、T音、K音と、活舌のいい調べが、u音のなだらかな調べに乗って水車がくるくると回るように歌を運ぶ。「水くくるとは」の驚きに転ずるまで一気に運んでしまう。その調べのさなかにあって、竜田川のもみじをたたえる以上のなにものも、あるいはそれ以下のなにものも、私は読み取ることができない。奥ゆかしさを一切排した言葉による言葉の映像美だけが押し出されるのだ。
作者は在原業平。平安時代きっての色男で、この歌は、もと恋人であった二条の后に、屏風につける歌として依頼されたものだという。この依頼に十全に応えるその隙のなさにこそ、この一首の気概を感じるのである。

夏の夜のからくれないの手花火が娘の手からはげしく散りぬ 花山 周子 
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