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66  もろともに あはれと思へ山桜 花よりほかに知る人もなし  前大僧正行尊さきのだいそうじょうぎょうそん の文(今橋愛)

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もろともに あはれと思へ山桜 花よりほかに知る人もなし  前大僧正行尊さきのだいそうじょうぎょうそん 

  歌意 私がお前をしみじみといとしく思うように、お前もまた私のことをしみじみいとしいと思ってくれ、山桜よ。
    花であるお前以外に心を知る人もいないのだから。  所載歌集「金葉集」雑上  
                                    原色小倉百人一首(文英堂)より

詞書に「大峰にて思ひがけず桜の花を見て詠める」。
「大峰」は奈良県吉野郡にある大峰山(おおみねさん)。現在も女人禁制。

山奥で修行中の行尊が、山桜に呼びかけた歌。
「もろとも」、「あはれ」、「花よりほかに知るひともなし」、一首全体があわあわとながれるようで うつくしい。 
そんな中、唯一濁点がつく「山桜」の「ざ」、その「ざ」音が 個人的に いいなと思った。

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さかのぼって さかのぼって 
20代前半、自分が花と心をかよわせた瞬間のことを思いだすと、
彼のように山には行っていないけれど、地面の上。
ありとあらゆる事柄が見えていなかったので、孤独だった。
「晴天の真昼にひとり出(いず)る哉」(小林一茶)。この句のような真昼。修学院あたり。
原っぱに咲いている花を、しばらくじっと見ていた。やさしかった。 

山奥での修行は厳しいものだったと想像するけれど、
山桜と心を通わせた瞬間は、辛くはなくて 
むしろ行尊は、どこか慌惚としてはいなかっただろうか。と想像する。
そして、山奥でなくても、今の時代であっても、
この地面の上で、子ども、大人、性別、年齢、関係なく 修行をしている人はいると思っている。

「あはれ」が、まだうまく捉えられないので、翻案は これからの宿題にしたい。
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