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あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む (柿本人麻呂)

『主婦と兼業』と打ったら、
主婦とはたらいている人の対立、とか出てきて おどろく。
そういうつもりでつけたのじゃないのだけどな💧
昨日は めずらしくお出かけて、琵琶湖は広いーと思ったことでした。

さてさてさてさて 『主婦と兼業』の三回目になります。
今回は 花山周子さんのお書きになった、3番の柿本人麻呂の歌の 文と翻案です。
最後の花山さんの翻案(ルビ ほんあん)の歌、
なんでか、サチモスの「ステイチューン」(PVがほんと格好良い)を思いました。
でも花山さん都民でしょう?! (今橋)

あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の
ながながし夜を ひとりかも寝む   柿本人麻呂

歌意 山鳥の尾の、その垂れ下がった尾が長々しいように、
秋の長々しい夜をひとりで寝ることになるのだろうか。
   所載歌集『拾遺集』恋三   『原色小倉百人一首』(文英堂)より


「あしびきの」は「山」にかかる枕詞。「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の」は「ながながし夜」を導き出すための序詞。
つまり、上句はほぼ無内容ということになる。この歌の内容は「長い夜をひとりで眠るのだなあ」につきるのだ。
つきるのだが、この上句の山鳥の実存感は、なんというか、それ以上のものを醸してしまっている。シュールなのだ。
「ひとりかも寝む」の詠嘆の「かも」も結句、五、二の珍奇なリズムのなかで鳩時計のハトのごとくにカモが飛び出していて、シュールである。
恋人に会えない長い夜はつらいつらいと思いながら、それを表現しようとする段ではすでに、
別の感興が湧いている。そんな作者の性(さが)が妙に浮き立って見える歌である。


鶏が鳴く東京五輪の五つ輪のそらぞらし世のひとりかも寝む             花山 周子


注1:この歌はもともと万葉集の作者未詳歌
「思へども思ひもかねつあしひきの山鳥の尾の長きこの夜を」の異伝歌として載せられていたものが、のちに人麻呂作となっている。
また、「山鳥に寄せて思を陳べたる」歌、つまり題詠でもあった。
注2:「鶏が鳴く」は東にかかる枕詞。
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